わたしの、ものさし

私の見たこと、聴いたこと、感じたこと、を書いています

批判されることへの覚悟

 複雑な厄介ごと(と思うもの)の本質にある原因は、1つの「恐れ」であることが多い。それは、批判されること、評価を落とすことへの恐怖心。

 具体的な例がパッと出てこないが、例えば、仕事で失敗したとき、それをどうしようか、どう対応しようかと悶々と悩んだりする。とんだトラブルに遭ったと自分の感情と生活が荒れだす。

 本来、感情的に悩むのではなく、理性的に対応を考えるところだが、悩んでマヒ状態になる。なぜか。それは恐怖心に覆われているから。

 上司や同僚から責められる、評判を落とすことへの恐怖だ。

 その恐怖は、批判される覚悟と批判され、評価が下がることを受け入れてしまうことで、あっさりと解消する。とらえどころのない恐怖心がなくなると、何をいつ誰に相談して対応すれば、その事象が好転するかが見えてきて、悶々としていた悩みや厄介ごとは意外と簡単にほどける知恵の輪になる。

 仕事の失敗を例に挙げたが、これは何でもそうだ。恋愛でも結婚でも学校生活でも友人との関係でも。特に今あるステータスから落ちる(保身)とか、常識から外れてしまうことへの恐怖も、すべて批判される恐怖の一種。

 この批判される恐怖を、批判される覚悟に変えると、随分と楽になる。心身が軽くなる。

 今、あるトラブルで職場が右往左往している。それはやはり批判される恐怖が根底にあって、そこを受け入れてしまえば、どっちを選択しても正解だと私は思えるが、組織としては批判されることが致命的とするのだろうな。くだらないことで労力と時間を使うものだなと眺めている。