わたしの、ものさし

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『ツバキ文具店』 きっと手紙が書きたくなる。しかも、便箋や文房具にこだわって。

 先日、小川糸・著の「ツバキ文具店」を読み終えた。面白い。

 小説の舞台が鎌倉というのがいいし「代書屋」という耳慣れない仕事をめぐるストーリー展開もいい。血が流れず、テロリストが登場しない、このような小説は、しみじみと落ち着いて読める。古都鎌倉を背景に、登場人物の時間がゆっくり流れる。その様子が読んでいて気持ちが良い。

 この本を読むと、きっと手紙が書きたくなる。しかも、便箋や文房具にこだわって。

 

ツバキ文具店

ツバキ文具店

 

 

 今、誰かに連絡する手段として「手紙」「葉書」がほとんど使われない。

 電子メールやLINEが日常道具となったから、わざわざ手書きして切手を貼り郵便ポストに投函し、数日間届くのを待つ、ということをしない。せいぜい、年1回、年賀状くらいだろうか。その年賀状でも印刷してしまう。手書きの便りは、ほぼ無いに違いない。 

 たぶん多くの人は手書きの便りをもらうと嬉しく思う。手書きには手間と時間がかかるから、時間と手間を文字に乗せて相手に送る、ある意味贅沢なものだから。

 おそらく一般的には、もらうと嬉しいが、でも、自分から送ることはしない。「今さら手紙?」とか、「書くのが面倒!」とか、「仰々しくて・・・」と、手紙の敷居がすっかり高くなってしまったようだ。

 

 私が学生のころ(20年ほど前)は、まだパソコンが(もちろん携帯も)存在せず、しばしば友人、知人に葉書や手紙を書いた。もちろん当時の彼女にも手紙を書いた。今はメー ルやLINEなるだろうが、誰が送っても同じ文字で届くのは情緒がない。

 

 手紙を書く機会がないというのは勿体ないと思う。

 旅先、特に海外に行った際には、手紙の醍醐味が増す。今は、海外でもスマホが使える時代だ。そこをあえて手紙を書いてみてはどうだろうか。

 私は、現地の郵便局を探して日本の友人に(あるいは自分あてに)手紙を出した。はるばる外国から届く航空便(エアメール)は、無条件にワクワクするものだ。

 

 ご年配の素敵な方が、しばしば手書きの葉書を書くのを知っている。葉書、切手、落書きのような絵、すべてが素晴らしい。そのような葉書が届くのって素敵だと思う。

 そこで、葉書、手紙の習慣の復活をお勧めしたい。 きっちり書くと、それなりに大変なので、数行の簡単な手紙で良いのだ。

 私は元気です。最近、面白いことありました?

 これだけでもいい。たくさんの電子メールよりも、この葉書1枚の方が味わい深い。そう感じるのは私だけだろうか。

 

 字の上手い下手は、この際どうでもよい。丁寧に書けばいい。その人らしさが文字に香るやりとりの中に、コミュニケーションの豊さがある。

 そういえば、知人に携帯電話、メール等一切持たず、連絡手段が手紙だけ、という方がいるのを思い出した。その方もセンスある素敵なおじさんで、ひょうひょうと仙人の風韻をまとった方だ。

 

 【これからの価値観の変化】

・過密スケジュール → ゆっくりな時間の流れ

・足し算 → 引き算

・量 → 質

・効率 → 情緒

 …ではないかな。