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わたしの、ものさし

私の見たこと、聴いたこと、感じたこと、を書いています

見知らぬ人のゴシップは聞きたくない

私があまり妻の実家に行かない理由の一つは、向こうの方々の話題が嫌だからだ。
これは、妻の実家周辺の特有なのか、それともどこでも同じなのか、ある世代特有なのかは分からない。


とにかくその話題とは、他人の悪いニュースである。


-どこそこの誰が今度入院するんだって。
-どこそこの誰が庭仕事のときにケガをしたんだって。


その、どこそこの誰、という方を私は知らない。
知らないし、入院しようがケガをしようが、私にはそもそも関係がないし興味がない。
百歩譲って、どこそこの見知らぬ人の話であっても、笑える面白い話ならば聞くに値する。
が、大概が悪い話である。
そんな見知らぬ人の悪いゴシップなど聞きたくない。

そういう話にまみれるのはしんどいことだ。


どうして他人の悪い話が話題になるのだろうか。他に話題がないのだろうか。
話の軸が完全に他人の動向であって、つまりは行動基準が他人の動向とか目線なのだろう。

見知らに人の話は、どうでもよくて、最近のあなたはどうなんだろうか。今後のあなたはどうしたいのだろうか。
仮に退屈でも、向き合う方の話に私は興味がある。


もし、この傾向が地方社会特有のものであるとすれば、なぜ若い人が都市へ向かうのが分かる気がする。これでは息苦しい。

マンスリーからウィークリーへ

 日々、予定が多い。打ち合わせ、会議が多い。

 今まで手帳はマンスリー(デルフォニクス)を使っていた。見開きで1か月を俯瞰でき見やすいし、そもそも1日に書き込むべき予定が1,2つ程度で間に合っていたから。

 でも4月以降は違う。1日に4,5つの打ち合わせが入り、さまざまなメモを書き込む必要が出てきた。

 そこでマンスリー手帳では物理的に難しくなり、無印のマンスリー&ウィークリー手帳を4月も半ばに購入することになった(旬が過ぎているので30%オフ)。

 ウィークリーだと枚数が増え、手帳の重さも増すので敬遠していたが、必要に迫られた道具なのでやむを得ない。スケジューリングとメモを十分書き込める。

 慣れだと思うが、上司が凄い。同時にいくつもの案件を抱え、スケジューリングする。みっしり予定が埋まっており、これでいつ休むのだろうと思う。

 上司はウエブで管理するので、私も把握することができるから助かる。動くを事前の予測できるからだ。

 

 予定がたくさんあると満足する人がいるという。

 私は予定だらけを嫌うので、今はやや苦しい。予定が多いとじっくり考える時間が少なくなり、瞬発力で対応となる。それが結構消耗する。(が、慣れとは怖いもので、この1か月で馴染んできた。)

 予定だらけだと余白がなく、何かが舞い込んでも受け入れがたくなる。

 余白と隙間。無駄に思える時間とか空間って大事だ。

 マンスリーからウィークリー手帳への移行は、私の精神的なリズムへも影響が出てくるだろう。

 

 

 

 

人事異動後

2階級特進の、でも微妙な出世はしたが、部署が特殊過ぎて、もちろんまだ慣れていない2週目。日々とても疲れている。体重も減った。異動するときの初めはこんなものだと分かっていても、もどかしい。

 

しかし闇である。組織の闇を扱う仕事は、正直しんどい。ただ上司や同僚が優秀で、態度とか考え方が鋭く俯瞰的で、これはとても勉強になる。これらを吸収しつくしたい。

闇の中の光といえる。きっと与えられた機会には、どんなものにも自分にとって意味があるのだから。

 

 

息子たちも進級したが、クラス名簿を見ると唖然とする。

名前が読めないのだ。キラキラネームは少ないが、それでも読めない。

これは「文字変換イライラ問題」が数年のうちにやってくる。

今でさえ平成生まれの若い人たちや、昭和世代でさえ読みづらい、パソコンで変換しづらい名の人はいる。今後はその割合が増える。

正直迷惑なレベル。読めない、変換しづらいイライラ問題は社会的な課題になるだろう。いち早くイライラしているのは幼稚園や小学校の先生だろう。

名前はシンプルで多くの人が読めるものがいい。息子の同級生で「健太」とか「賢治」などの名前を見るとほっとする。

逆の偏見だろうが、そんなシンプルで読みやすい子の親御さんは、きっと良い人なんだと思ってしまう。

 

送別会、涙、花束

4月1日異動につき、部の送別会を開催していただいた。

いろいろなスタッフを加えて、総勢70人くらいだろうか。同じ部署でも、普段顔を合わすことがない人がたくさんいて驚いた。

 

10数人の異動者がいて、それぞれが挨拶の言葉をしゃべるのだが、ことこまかに語る人が多くて異動者挨拶の枠が長い。正直、あなたの異動先の情報なんて知らなくていいし、抱負など個人で抱えておけよと思う。この手の話は、手短に簡単でいいのだ。

私は挨拶を予め考えていたが、いざ皆様の前に立つとすっとんでしまい、ひたすら笑いを取るスピーチをアドリブでいった。目標30秒。すべらずにそこそこ笑いを取れた。

 

私は送別会が嫌い。

だって、やはり別れって寂しい雰囲気だから。退職するわけでもないし、同じ会社の他の部署に行くとはいえ、同じ部屋で同じ水を飲んで、一緒に笑って怒って仕事をしてきた仲間、家族よりもたくさん話をした仲間だから。

特に、主賓、送別される側というのは嫌いだ。

 

70人ほどの人たちとの歓談でいろいろ挨拶、話をしたなかで、直属の部下に泣かれてしまい、困った。

その女性は新規採用で初めての上司が私。泣かれたといっても、苛めたわけではない。お世話になりました。たくさん学びました。さびしいです。もっと一緒に仕事がしたいです、という涙。

私は本来感情的で涙もろい。が、そこはクールに笑顔で応えるしかなかった。どんな理由にせよ、女性を泣かしている図にやや困ったけど、でもとても嬉しかった。

そのほかにも声をかけた数名の女性も、なにかの琴線に触れることを私が言ってしまったのだろうか、泣いてしまい。気まずさと嬉しさの複雑な感じ。。

こういうときに涙を流せるって、素敵なことだと思う。

想定外にも同僚の男も泣いた。

●●さん(私)がいてくれて助かった。どれだけ楽に仕事ができたか、と。

さすがにその同僚の男泣きには、自分も思わず涙ぐんだが耐えた。私が泣く姿をみんなには見せたくない。

でも、同僚の40を過ぎた男の涙も美しいと思った。堂々と人前でも泣けることは素晴らしい。その純粋な感情を開放できることは尊い

 

チームからのメッセージカードは、家に戻って深夜1時に読んだ。

そこで私は初めて泣いた。

 

いつも思うが、異動したあとに、もっとこうすれば、ああすれば良かったというのがある。何度も何度も経験しても、いまだにそうだ。

もっと、周囲の人にできることはあったよな。

それでも、たくさんのメッセージをいただいて、もっと自分の評価を高めよう、自己肯定感を高していいんんだと思った。

 

「●●さんのことは忘れません!また一緒に仕事がしたいです!」と部下の女性陣。

「女はいつもそう言うんだよ!(笑)」と切り返すと、

「ははは!」と笑った。

 

そう、恋愛でもなんでも女はいつだってそういうだ。

自分の後任者が来れば、その人最高!ってなるだろう(笑)ひねくれているのだろうか、私って。

ちょっとさびしいけど、それでいいのだ。

 

みんなありがとう。

 

 

 

 

ニオイ、特に人工的でケミカルなものは、暴力ですらあること

 同僚の加齢臭が困る。

 席が近いので、気になりだす気になって仕方がないし、職場に彼といる間は常にしんどい。独特の刺激臭が鼻につく。気のせいか、目や鼻もスースーと沁みる。おかげで花粉症の鼻づまりも解消されている。

 本人の意図ではないので仕方がないが、身だしなみやマナーとしてはいかがなものか。そもそも彼の家族は、何も言わないのだろうか。

 

 臭いは、その「場」の空気を文字通り支配するので、他人に与える影響は大きい。

 見たくないものは見なければいいが、常に呼吸するから臭いはどうしようもない。

 ふと、私は大丈夫だろうかと心配になり息子たちに確認したら、加齢臭は無いようだ。

 

 臭いといえば、化学的な香りはすべて苦手だ。

 洗剤やせっけん、シャンプーなどすべて無香料、天然素材のものを使っているので、その状態になれると、世間でよい香りとされる柔軟剤の臭いも、私にとっては「ひどい臭い」に過ぎない。とてもケミカルで人工的な臭い。

 若いころ(というか好んで使っていたころ)は、アメリカの洗剤タイドがいい香りと思っていたが、今はもう無理。

 洗濯で使った日には、家じゅうに臭いが漂い、気分が悪くなってしまった。

 化学的なよい香りとされるものは、ある種、麻痺しているか、中毒になっているのだ。たぶん3か月ほど使わないと、その臭いのひどさがきっとわかるはずだ。

 

 一方、香りがきつくても、天然系のものは大丈夫。たとえばアロマオイルなどの精油や天然素材のお香、サンタ・マリア・ノヴェッラのポプリは大好き。

 体は素直で正直。自然なものは好き嫌いはあっても、具合が悪くはならない。

 

 

サンタマリアノヴェッラ ポプリ 詰め替え用 100g Santa Maria Novella

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