わたしの、ものさし

私の見たこと、聴いたこと、感じたこと、を書いています

おじいちゃんの力

 周防大島町の2歳児行方不明事件でのボランティアのおじいちゃんの救出劇は痛快だった。歳をとっても、その経験とか知恵で活躍できることは、多くの人に勇気と活力を与えてくれたのではないだろうか。

 このおじいちゃんを見ていて、ふと若いころの登山での出来事を思い出した。

 20代後半のころの夏休みで、単独で八ヶ岳縦走に出かけた。確か、麦草峠あたりから入って黒百合ヒュッテに泊まり、翌日は天狗岳、硫黄岳、横岳、赤岳と八ヶ岳主要を縦走し、美濃戸口に降りるプランだった。

 黒百合ヒュッテを発ち、平日のためか登山者があまりおらず、静かな登山道を晴天の下、悠々と一人で歩いた。

 硫黄岳頂上に着いて、休んでいたときだった。ふと自分の履いている登山靴を見ると、ソールが半分くらい剥がれているのに気が付いた。びっくりしたというより呆然としてしまった。あり得ない。某登山用品店で買ったばかりの靴だった。登山でもっとも重要な道具は、靴である。これから八ヶ岳の核心部なのに、これでは縦走の続行は無理だ。それどころか、下山するにも危険ではないか。

 どうしようかと思案していたときに、近くにいた登山者が目にとめてくれた。その方は、60歳を過ぎたご年配のおじさんで、若いころから登山をやっているベテランの風情だった。

 「細引きでしばってソールを固定しよう」と私の手持ちの細引きを使って、上手にワラジを足に縛るような要領でしっかりソールと靴の甲を結んでくれた。細引き使いにも年季が入っているようだ。結びがしっかりと隙がなく、美しい。

 そのおじさんが眩しく、かっこよく見えた。長年の経験と知恵からくる自然な振る舞いが素晴らしい。その後、無事に下山でき、帰宅した。私もそうなりたいと憧れたが、しばらく登山をしていない。

 とにかく、こういうのが良い歳のとり方なんだろう。

行方不明の子供が無事だった

 山口県周防大島で2歳の子供が行方不明になった事件で、結局、無事に保護された結末となり、ほっとしたところだ。夏場で低体温症リスクは低いとはいえ、よく元気にいてくれた。しかも2歳児。うちの子が2歳のとき、どんな感じだったかを覚えていないが、とにかく幼稚園児よりも小さいということだ。

 意外な展開だったのが、不明の子供を保護したのは、ボランティアで捜索に参加したおじさん。ぱっと見は胡散臭いおじさんだが、コメントに筋が通っていて頼もしい。

 人(子供)は、危なそうな斜面とかを下るよりは、上に上る習性があると勘をつけて、山側に入り、20分くらいで発見。すごい。

 この事件、おじさんも子供のすごいと思った。

 いずれにしても山の神様?はいたんだろうな。きっと神様が子供を守って、おじさんを導いたんじゃないかな。

 でも、子供がなぜそんな山奥に入っていったのかが不思議。子供だから大人の想像が及ばない思考と行動をとった結果なのだろう。

 

 この子が行方不明になって私が感じたことしては、1つは付近で事故(側溝とか用水路に落下)に遭っていること、2つは誘拐で近隣住人か通りすがりの人によるもの、3つめは親類の誰かによる犯行で嘘をついている、そして最後の4つめは山の中で迷っている。この4つの可能性と見たが、山の中で迷うは一番低いと思っていた。おそらく捜査にあたっていた警察等もまさか2歳児が山深く迷い込むとは思ってなかったのだろうか。

 いやしかし、ミステリーの読みすぎか、実際は可能性の2の誘拐であったけど、やはり親もとに返そうと、犯人が山の中に子供を置いたのかもしれない。そうしたら2歳児が無事に助かった後に、誰かに捕まっていたと証言するかもしれないリクスを考えると、普通は殺害してしまう線が強いから、それはあり得ないか。

 とにかく2歳児の3日間の証言は、あてにならないだろうから、詳細は不明のままになるのだろう。

 

 結末は良かったのだが、確か警察等が100人以上の体制で捜索していたが見つからないというのは捜索手法に課題を感じる。(そういえば警察犬は投入しなかったのだろうか)

 しばしばこのような児童の行方不明事件が起こり、最悪の結末になることもあるし思わぬ形で保護されることもあるが、さまざまな事例情報を分析し、こういう事件の場合、どういうことが考えられるかなどの理論を共有できていないのだろうか。捜索にあたった警察関係者のご苦労に敬意を表するが、捜索のプロとしてもっと頼もしくあってほしい。

猛暑の数字を眺める

 猛暑日が続く。

 私は子供のころは、今よりも冷房がなかったし、夏はそれなりに暑かったけれども、ここまで酷い暑さではなかった気がする。寝苦しい夜もあったけど、夏の夜は涼しいという記憶がある。

実際どうなのだろうか。過去のデータを気象庁のサイトで調べてみた。

 

 1980年(38年前)。

地元の埼玉の8月の気温を眺めると、確かに35度以上の猛暑日が無い。この年は冷夏だったのだろうか。最高でも32度。そして最低気温が25度以下で、いわゆる熱帯夜の日がない。夜はそこそこ安眠できたのではないか。しのげる暑さといえる。

 1985年(33年前)。

同じ埼玉の8月では33度以上の日が14日程度ある。ただ、25度以上の熱帯夜が6日と少ない。

 1995年。

この年の8月は、35度以上の猛暑日が15日もあり、現在並みに暑い。

 ざっと3年のデータを眺めてみただけだが、年々夏が暑くなっていることが分かる。

 

 寒さに対しては、自分の体を温めればいいのでどうにかなるが、暑さに対しては自分のいる空間の温度を下げる必要がある。要は冷房をつければいいのだが、冷房がないと対応のしようがない。極端なことをいえば、大規模停電が起き電気が使えなくなれば、ただ暑さをやり過ごすしかない。

 しかし、人は環境に慣れるもの。猛暑日を何日も過ごすと、例えば、暑いであろう30度であっても涼しく感じるから不思議。

 

 世界の天気を見ると、ヨーロッパの主要都市は緯度のせいか、東京よりも涼しい。日中の気温が高いところでも、最低気温が20度を切ったりするので、朝晩は涼しい。

 また当然南半球は冬で、オーストラリアのシドニーの気温を眺めると、夏場に行ってみたくなる。

親子が無事でありますように

 連休中、新潟の五頭連邦に登山に行った親子が行方不明になり、5月5日から今日14日まで見つかっておらず、捜査が続いている。

 登山をかじり、また子どもがいる私としては、とても気になるニュースで行方不明の一報からずっとその進展を気にしている。

 この手の事故やニュースがあると、「なんで小さな子どもを連れて行くんだ」とか、「登山は自己責任だから税金の無駄使い(捜索など)はやめてしまえ」などの声を見聞きする。今回のニュースに対してもそのような声があるようだ。

 だけど、どうかそんなことは言わないで欲しい。

 

 私は、その新潟の山がどんなルートなのかは分からない。ニュース映像で見ると、残雪が残っているようなので、気軽なハイキングレベルではなさそうだ。また、その親子の登山におけるポテンシャルも分からない。親は熟練のクライマーで、その子どもが小さいころから一緒にこの程度の登山をしていたのかもしれないし、あるいは登山初心者で事前情報収集も準備もあまりしていない方かもしれない。

 背景はわからないが、ただ言えることは、5月の連休に、親子で登山をして有意義な時間を過ごそう。息子に自然の美しさを見せて、登山の楽しさを味あわせたいという純粋な想いがあったのだろうな、ということ。そしてその想い自体は、親として尊いものではないか。

 しかし結果的に遭難してしまった。

 私であれば、子どもに何かあっても自力で下山できるルートや対策を考えたうえで登る。(少なくとも子連れであれば、万一の事故があっても、周囲に救助を頼めるような、登山者が多い山やルートを選ぶ。)アレコレと今後同じようなことが起きないようにすることは大事。

 ただ、そういうアレコレは後回しだ。まずは親子が無事に見つかってほしい。

 

 行方不明になって、1週間が経つ。人は思った以上に強いので、まだ希望はある一方で、かなり厳しい時期に入ってきたとも思う。遭難場所によるが、標高500mとしても、朝晩はそこそこ冷え込む。大ケガがなければ、一番の脅威は低体温症だ。

 どうか、行方不明の親子が無事でありますように。

 登山は危険もあるが、良い経験になる。特に子どもたちには、登山の厳しさも含めて登山での自然体験をしてほしい。このことは、登山をした方の共通認識ではないだろうか。

 

 

桜が咲き、散りだすころに

 人事異動の季節になった。私の部署でも数人が異動する。毎回、異動者を送別するにあたり思うのは、この人たちともっと交流を深めておけば良かった、ということ。

 職場の同僚たちとは日々日常的に顔を合わしているので、つい、いつでも飲みに行ける、酒を手段としないまでも、何らかでコミュニケーションがいつでも取れる意識があって、結局、そういう機会を持たない。そうして送別会のときに、もっと親交を深めておけばよかったと思う。

 結局、人なのだと思う。どんな場所で、どんな組織に所属し、どんな仕事をして、どれだけ成果を出したとか、稼いだとかというよりも、どんな人と一緒にどのように過ごしたのか。これが一番大切ということだ。

 毎年この桜が咲き、散りだすころにある別れのたびに思うことを、常日頃の意識に昇華していたい。たぶん、面白い人生のコツってそのへんにあるのだ。