わたしの、ものさし

私の見たこと、聴いたこと、感じたこと、を書いています

改元、平成から令和へ

 元号の入れ替わりは2度目の経験となる。

 昭和から平成に変わったときは高校3年で、昭和天皇の体調不良が連日報道されていた。テレビも自粛ムードで、お笑いなど騒がしい番組が鳴りを潜めた。

 新しい元号の「平成」が発表されたときは、なんだかしっくりこなかったが、今となっては馴染んでいる。いつの時代のどんな元号でもそういうものだろう。

 平成は、自分の大学時代から今までと、おそらく人生で一番活動的な時期と重なることになる。良いこともあれば悪いこともあった。時代の生活様式とかインフラなどの背景も大きく変わった。平成元年当時の連絡手段は、家電、公衆電話がメインだったが、今ではウエブメール、携帯電話が普通の道具となっている。当時、想像も出来なかった変化だ。当時の常識が今や常識ではないことも多い。だから、これから30年後の先も、ちょっと想像しづらい何かが大きく、あるいは根本的に変わっているに違いない。

 この30年で変わったことで困ったことは、果たしてあるだろうか。便利になったことや簡素化されたこと、性能の進化が多く、個人的には歓迎する変化だった。次の30年の変化も、きっと嬉しい変化であると期待したい。

 いずれにしても、昭和、平成生まれは、良くも悪くも過去の世代となっていく。元号を国民レベルの生活でしようしているのは日本だけで、日本固有の時間軸ではあるが、元号が変わると世の中の空気感も変わる。日本において、大きな時間の区切りが元号と言えそうだ。しばしば「平成最後の・・・」という言葉を耳にする。日本人にとって元号は馴染み深く生活に密着している証しだろう。

 

 皇太子は、御年、約60歳。仮に今上天皇と同じ年齢まで在位したとすれば、令和25年程度で改元になる。そのとき、皇位継承第2位の秋篠宮も高齢で即位しないとすれば、第3位の悠仁親王が即位した場合、一般に気力体力が充実した30代後半で天皇となる。

 私が日本人男性の平均年齢まで生きているとすれば、次の改元も体験できそうだ。

 

僕らは奇跡でできている

要介護5の父の状態を見て感じたこと。

それは、自力で水を飲めることは奇跡だということ。

水を飲むにしても、口に水を含み、正常に胃に飲み込むのにさまざまな筋肉が調和し一連が無意識に動く。これは奇跡である。

同じく、自力で立てることは、奇跡だ。

立って、行きたい場所に歩けることは、奇跡だ。

食べたいものを自力でおいしく食べられることは、奇跡だ。

お酒を飲めることは、すごい奇跡といえる。

自分で行きたいときにトイレに行き、すっきり排泄できることは、この上ない奇跡と言ってよい。

同様にヒゲを剃り、頭を洗えることは、奇跡だ。

自分で服を選び、着られることは奇跡的な行為。

ボールを掴んで投げられるならば、それは奇跡だ。

床に落ちているちょっとしたゴミを拾うことも奇跡的な所作に他ならない。

10分間の運動は誰でもできるだろうと思われるが、これはとんでもない奇跡だ。

ちょっとしたハイキングでも半日のサイクリングであっても、これはとんでもない奇跡の上に成り立っている。

寒い冬の日々、暑い夏の日々をやり過ごすことができるのも、すごい奇跡だ。

自由に本を読めること、テレビを見られること、これも奇跡的なことだ。

満足しているか否かは別にしても、仕事を持ち、働いていることは、とほうもない奇跡だ。

何年も続けている習慣があることも奇跡だ。

何かに感動できることは、そこに至る様々な奇跡の重なりがあってこそで、実に稀な奇跡的な出来事だ。

誰かと出会い、人とのつながりができることは、天文学的な奇跡である。

誰かとケンカできることも、実は奇跡的な現象だ。

日々いつでもどこでも、奇跡に囲まれ、奇跡の積み重ねの中で生きている。

当たり前のように感じても、実は奇跡だということ。

ただ生きることであっても、すごい奇跡の連続であって、つまり、僕らは奇跡でできている。

 

 

 

 

アレルギー検査

 先日、ふとしたきっかけからアレルギーの検査をやってみた。アレルギーには即時型と遅延型がある。即時型とは、摂取してすぐに反応のあるもの。普段見聞きするのが即時型で、ソバとか卵とか牛乳など。一方、遅延型というのもあって、摂取しても、その場で蕁麻疹などの分かりやすいアレルギー反応はなくても、地味に体調不良を及ぼすもの。常に体調が悪いという人には、この遅延型アレルギーが影響しているかもしれない。遅延型アレルギー検査は、まだ認知度が低く保険適用されておらず、検査できる医療機関も少ない。

 さて、今回、私がやったのは即時型の検査。結果、検査するまでもなくわかっていたのは花粉だが、その種類としてはスギ、ヒノキ、その他の花粉にアレルギー反応が出ていた。あとはカビ、ハウスダスト、犬や猫のフケ、蛾の粉。それと若干反応があったのは、小麦だった。

 科学的な事実をつきつけられると納得するしかないが、食べ物にはほとんどアレルギーが無かったのでほっとした。

それにしても花粉か。スギ、ヒノキの時期としては2月から4月としても、1年のうちの4分の1が鬱陶しい期間ということになる。マスクとか点鼻薬などの薬がないと困る状態に不自由さを感じる。

信じる者は救われるって、正しい。

 小学6年の次男が、どうやらサンタクロースをまだ信じているようだ。親として今まで「サンタはいる」としていたため、「サンタを信じているの?」とハッキリと確認することは自己矛盾が生じるためできないが、彼のいろいろな言動からその可能性が見られ、信じていることが推察された。え、マジか。。

 それが本当ならば、なんて純粋なんだろうとやや不安に覚えるし、演技ならば、なんて計算高いしたたかなヤツだとやはり不安を覚えてしまう。。。長男は、とっくにサンタの存在を知っているだろうが、その点について、次男に対してあえて何も指摘しない。男兄弟同士、クールといえばクールだが、そもそも兄弟であまり口をきかず、お互い関心があっても無関心を装う年頃だ。

 いずれにしても、次男がサンタを信じていることにわずかな可能性がある限り、親としてはサンタがいるように振る舞うことになる。

 さりげなくサンタにお願いするものを聞き(カラーが選択できる品物の場合は、色まで確認する必要がある)、クリスマスイブの夜に寝静まった頃合いに、枕元へ忍び足。サンタのための置かれたミルクとクッキーを引き上げ、代わりにプレゼントを置く。これがいつも妙に緊張するのだ。大きな音をたてて起こしてしまっては台無しになる。また眠くても、このミッションを終えるまでは寝てはいけないという漠然とした焦燥感。そんなことを考えていたら、枕元に置くのはなかなか繊細な作業なので、家のどこかにプレゼントを置くこととし、そこへ辿り着くナゾナゾのメモを枕元に置くのでも面白いと、今さらながらに思った。そう、ダン・ブラウン著「ダビンチコード」の中に出てくるルーブル美術館長のおじいさんとその孫の話にあるように。さすがにクリスマスのサンタは小学6年までだろうから、今年2018年で我が家のサンタ生活は終わりになり、ナゾナゾ宝探しアイデアはアイデアのままで終わりそうだ。

 

 昨晩、世界でサンタ役をした親は何人いたのだろう。

 個人的にクリスマスに特段の思い入れは無いし、世間は何をそんなに浮き足立っているのかと冷ややかに思うが、このある意味で子供をめぐる攻防は面白い。

 

一言の重み

 端的に言えば、人は、相手が何を考えているのか分からない状態が怖いのだと思う。

 

 職場に苦手な人がいて、その人はとにかく無口で、余計なことを一切しゃべらない。職場では、余計なことはしゃばらないことは悪いことではないのだけど、以前は挨拶の声も小さくて、挨拶ができないのかと思ったし、仕事上の会話も声が小さいうえに言葉足らずだったりするから、正直イライラしてしまうところがある。

 そんな感じなので、当然、世間話や個人的なことの話を自分からすることは一切ない。職場で個人的な話を披露する義務はないし、世間話をしなければいけないこともない。それはそうなのだけど、無駄話は人と人が集う場における不条理な潤滑剤になっているのは、否定できない事実である。

 そんな同僚を、とにかく苦手だと思っているが、これって「その人が何を考えているのかが分からない恐怖」が根底にあって、良く思えないのだと気付いた。

 その人の考えていることの本当のところは、会話をしたって分かりはしないのだろうけど、世間話なで、なんとなくその人を分った気になれることって大事なのだ。

 

 そんな同僚が、ある日、自分の言いたいことで言いづらいことを一言で発言したことがあった。その一言でもって、ああ、この同僚も自分を同じような感覚を持っているのか、と確認が一瞬で出来て、苦手意識が薄らぎ、距離が縮まった気がした。

 たった一言が、状況を大きく変えてしまうことってあるのだな。